大判例

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福岡地方裁判所柳川支部 昭和62年(ワ)97号 判決

原告

株式会社マツダオート久留米

右代表者代表取締役

花田親徳

原告訴訟代理人弁護士

荒木直光

被告

株式会社椛島鉄工所

右代表者代表取締役

椛島義幸

被告

宮崎伸介

被告ら訴訟代理人弁護士

山口親男

主文

一  被告らは、原告に対し、別紙目録記載の自動車を引き渡せ。

二  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の申立て

一  原告の求めた裁判

主文と同旨の判決及び仮執行の宣言

二  被告らの求めた裁判

「原告の請求をいずれも棄却する。」旨の判決

第二  当事者の主張

一  原告の請求原因

1  被告株式会社椛島鉄工所(以下「被告会社」という。)は、昭和六一年一月一七日、原告に対し、別紙目録記載の自動車(以下「本件自動車」という。)を、訴外スズキ自販筑後有限会社(本店所在地福岡県筑後市大字蔵数五四五番地、代表者井上義隆、以下「訴外会社」という。)を通じて自己に売って欲しい旨の申入れをした。

2  そこで、原告は、右同日ころ、被告会社及び訴外会社との三者間において、次のような内容の契約を締結し、被告会社に対し、原告所有の本件自動車を引き渡した。

(一) 訴外会社は、本件自動車の代金三一〇万円を、原告に支払う。

(二) 原告が右代金の支払を受けるまでは、本件自動車の所有権を原告に留保する。

3  仮に、右2の事実が認められないとしても、原告は、前同日ころ、訴外会社に対し、代金完済まではその所有権を原告に留保する旨の特約付きで、原告所有の本件自動車を、代金三一〇万円で売り渡し、そのころこれを訴外会社に引き渡した。その後間もなく、訴外会社は、被告会社に対して本件自動車を売却し、これを引き渡した。

4  被告会社は、現在、本件自動車を被告宮崎伸介(以下「被告宮崎」という。)に使用させており、被告宮崎は本件自動車を直接占有し、被告会社は被告宮崎を占有代理人としてこれを占有している。

5  よって、原告は、被告らに対し、所有権に基づき、本件自動車の引渡しを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1及び2の事実は否認する。

被告会社は、昭和六一年一月二八日、訴外会社から本件自動車を代金三二〇万円で買い受けたものである。

2  同3の事実のうち、訴外会社が被告会社に対し本件自動車を売却してこれを引き渡したとの事実は認める。

3  同4の事実は争う。

被告会社は、昭和六一年二月五日、被告宮崎に対し、本件自動車を代金三〇〇万円で売却して引き渡した。以来、本件自動車は、被告宮崎の所有となり、同被告が使用、占有しているものである。

三  被告らの抗弁

本件のように、自動車のサブディーラー(訴外会社)から自動車を買い受けたユーザー(被告会社)に対しディーラー(原告)が右サブディーラーとの間の自動車販売契約に付した所有権留保特約に基づきその自動車の引渡しを求めることは、権利の濫用として許されない(最高裁判所昭和五〇年二月二八日第二小法廷判決・民集二九巻二号一九三頁参照)。

四  抗弁に対する原告の認否

被告らの抗弁は争う。なお、被告らの引用する判例は、本件と事案を異にしており、適切でない。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一まず、原告の主張について検討する。

1  〈証拠〉によれば、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和六一年一月下旬ころ、訴外会社に対し、原告所有の本件自動車を、代金三一〇万円、代金完済まではその所有権を原告に留保する旨の約定で売却し、これを引き渡した。

(二)  訴外会社は、その直後、被告会社との間で、訴外会社が被告会社に対し本件自動車を代金三三九万円で売り渡す旨の契約を締結し、これに基づき、被告会社に対し本件自動車を引き渡した。

(三)  被告会社は、その後、本件自動車を、被告会社の従業員である被告宮崎に使用させている(したがって、被告宮崎が本件自動車を直接占有し、被告会社が被告宮崎を占有代理人として占有している。)。

2  ところで、被告らは、「被告会社は、昭和六一年二月五日、被告宮崎に対し、本件自動車を売却し、これを引き渡した。以来、本件自動車は、被告宮崎の所有となり、同被告がこれを使用、占有している。」旨主張し、証人椛島昭も被告らの右主張にそった供述をしている。しかし、代金額が金三〇〇万円を超えるような高価な自動車を購入しながら、購入後わずか一週間余りしか経たないうちに、「日常使用するもう一台の自動車と運転感覚が違う。」との理由でこれを手放したとする同証人の供述は、いかにも不自然というほかはない。したがって、被告らの右主張にそった同証人の供述部分は、これを採用することができない。そして、他に右1の認定を左右するに足りる証拠はない。

3  以上認定の事実によれば、被告らは、本件自動車を占有して原告の所有権を侵害していると認められるので、被告らの抗弁(権利濫用の主張)に理由がない限り、原告に対して本件自動車を引き渡すべき義務を負う。

二そこで、被告らの抗弁について検討する。

1  前記認定事実に〈証拠〉を総合すると、以下の事実が認められ、証人椛島昭の証言中この認定に反する部分は採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  原告と訴外会社は、いずれも自動車の販売等を業とする会社である。自動車の流通過程において、原告はいわゆるディーラーとなるべき地位にあり、訴外会社はいわゆるサブディーラーとなるべき地位にある。しかし、訴外会社は、原告と同様の地位にある訴外九州スズキ販売株式会社及び同スズキ自販福岡株式会社との間においては、これらの販売代理店となり、右両会社のサブディーラーとしての関係を有しているが、原告との間にはそのような関係を有していない。訴外会社は、原告から本件自動車を購入するまでは、中古車の販売に関し一度取引を行った程度で、原告との間にそれ以上の取引関係を持っていなかった。

(二)  被告会社の取締役である椛島昭(以下「椛島」という。)は、知人の田中某から訴外会社の代表者井上義隆(以下「井上」という。)を紹介され、訴外会社から自動車を購入することを勧められた。そこで、椛島は、訴外会社からマツダのサバンナRX7という車種の自動車を購入することを決意した。右車種の自動車は、原告がその販売を取り扱っており、また、原告が販売している自動車のうちで最も高額なものでもある。その後、右田中の知人から原告に対し、「椛島が原告から自動車を購入する意思を有している。」旨の電話があった。こうして、椛島に自動車購入の意思があることを知った原告は、同人に電話をかけて接触を図った。その際、同人が「訴外会社を通して欲しい。」旨要望したため、原告は、訴外会社との交渉を持つに至った。

(三)  原告は、訴外会社との交渉の過程で、これまで訴外会社との間に取引の実績がほとんどなく、訴外会社に新車を販売するのは全く初めてであったことから、「本件自動車の売買代金額については、業者卸価格による販売はできない。ただし、定価と登録諸費用から紹介料として金五万円を値引きし、売買代金としては金三一〇万円を提示する。右代金は、本件自動車の引渡しと引き換えに現金で支払ってもらいたい。」旨の提案をした。これに対し、訴外会社は、「代金額については、原告の提示額で了承する。代金の支払は、手形による分割払いにしてもらいたい。」旨要望した。その結果、いったんは、原告と訴外会社との間に、原告の提案どおりの合意が成立した。

(四)  一方、訴外会社と椛島との間では、同人がいわゆるクレジット契約を利用して本件自動車を購入することで合意に達していた。そこで、訴外会社と原告との間に右合意が成立したころ、訴外会社と椛島との間で交渉が持たれ、両者の間に、(1) 本件自動車の買主は被告会社とし、被告会社が訴外会社から本件自動車を代金三三九万円で購入する、(2) 被告会社は、右売買代金の支払につき、訴外株式会社大信販との間にオートクレジット契約(立替払契約)を締結する、(3) 右立替払契約においては、右売買代金のほか諸費用合計金三六万二四四五円の総合計金三七七万二四四五円のうち、頭金として金七七万二四四五円が支払われたこととして、右大信販による立替払の対象とするのは、金三〇〇万円とする、(4) 右頭金のうち被告会社が実際に訴外会社に支払うのは金三二万円とし、残額については、訴外会社が右大信販から受け取る紹介手数料をもってその支払に当てる、旨の合意が成立した。そして、右合意に従い、昭和六一年一月一八日、被告会社と右大信販との間に、(1) 大信販は、被告会社に代わり、訴外会社に対し、本件自動車の売買代金の内金三〇〇万円を立替払いする、(2) 被告会社は、右立替金及び手数料金九三万円の合計三九三万円を、昭和六一年二月から昭和六四年一月までの三六回にわたり、毎月二七日限り金一〇万九一〇〇円ずつ(ただし、初回は金一一万一五〇〇円)に分割して支払う、旨のオートクレジット契約(立替払契約)が締結された。

(五)  原告は、前記(三)の合意に基づき、昭和六一年一月下旬ころ、本件自動車を訴外会社のもとに持参した。ところが、その際、訴外会社は代金を用意していなかった。そこで、原告は、訴外会社にすみやかに代金を支払うことを約束させたうえで、本件自動車を訴外会社に引き渡した(なお、その際、原告と訴外会社との間に、代金完済までは本件自動車の所有権を原告に留保する旨の合意が成立した。)。訴外会社の代表者である井上は、原告に対し本件自動車の代金をすみやかに支払う旨約束はしたが、当時の訴外会社の資金繰りの状況から考え、手形による分割払い以外に右代金を支払う方法はないとの認識を有していた。

(六)  井上は、原告から本件自動車の引渡しを受けた後、直ちにこれを被告会社に持参して引渡した。その際、井上は、椛島に対し「本件自動車の代金を原告に対し手形で支払うので、訴外会社がこれを支払い終わるまで本件自動車の名義は原告のままだ。」と伝えたところ、椛島は、「被告会社も三六回のローンで支払うのだからそれはかまわない。」旨返答した。なお、本件自動車に備え付けられている自動車検査証には、所有者として当初から原告の名称が記載されており、この点についてはその後も変更はない。

(七)  その後、原告と訴外会社との間で代金支払の交渉が続けられた。右交渉は、昭和六一年二月二四日ころ、訴外会社が原告に対し同月二八日付け振出しの金額五〇万円の小切手、同年三月二〇日満期の金額一〇〇万円の約束手形、同年四月二七日満期の金額六〇万円の約束手形、同年五月二〇日満了の金額一〇〇万円の約束手形各一通を振出し交付することによって解決した。ところが、訴外会社は、右各手形及び小切手の支払をすることができず、同年三月四日には右小切手が不渡りとなった。そこで、原告の担当者が被告会社に赴き、善後策を相談しようとしたものの、椛島から「弁護士に既に相談している。」「少し前に車は社員に売った。」などと言われたため、交渉は進展しなかった。

2  以上認定の事実によれば、次のとおりいうことができる。

(一) 原告と訴外会社との間には、訴外会社が原告の販売代理店であるというような密接な関係は存在しておらず、訴外会社が原告のサブディーラーであるとは認められない。そして、また、原告と訴外会社との間には、両社が協力して自動車の販売を行ってきたとの関係も存在していない。

(二) 一方、本件において、被告会社が直接原告から本件自動車を購入することをせず、いったん原告が訴外会社に売却したうえで被告会社が訴外会社から購入することにしたのは、右1の(四)で認定した方法により、被告会社が実質的に大幅な値引きを得られるという、専ら被告会社側の事情によるものと認められる。。

(三) しかも、被告会社は、訴外会社から本件自動車の引渡しを受ける際、井上から「訴外会社は、原告に対し、まだ本件自動車の代金を完済しておらず、右完済までは本件自動車の所有名義が被告会社に転移されない。」旨を告げられており、本件自動車の所有権が原告に留保されていることを当初より認識していたものと認められる。

(四) 以上のような事情を考慮すると、原告が訴外会社との売買契約において留保された所有権に基づき被告らに対し本件自動車の引渡しを請求したとしても、そのことをもって権利の濫用であるとまではいうことができない。

(五)  被告らの引用する判例は、本件の原告に相当する者が自動車のディーラーであり、本件の訴外会社に相当する者がそのサブディーラーであって、両者が協力してユーザーに自動車の販売をしているとの事情の存在する事案に関するものであるから、本件とは、基礎となる事実関係を異にするというべきである。したがって、本件には、右判例の考え方を直ちに当てはめることはできない。

3  よって、被告らの抗弁は理由がない。

三以上によれば、原告の被告らに対する本訴請求は、いずれも理由がある。そこで、原告の請求をいずれも認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官原村憲司)

別紙〈省略〉

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